我々は、ある行動の結果、失敗や怪我といった嫌な経験をすると次の機会にはその行動を避けるように学習する。本研究では嫌な出来事に対して強く反応することで知られる、脳の前部帯状皮質と外側手綱核に着目し、これらの領域の神経細胞活動が嫌な経験を避けるための学習にそれぞれどのように関わっているか検討した。実験ではサルに以下の課題を訓練した。サルがモニターの中央に呈示された点を見ると、両脇にターゲットが呈示される。一方のターゲットを選択すると50%の確率で報酬(水)が与えられるが、もう一方のターゲットを選択しても報酬は与えられない(嫌な出来事)。報酬をもたらすターゲットの位置は、しばらくの間固定され、その後、明示的なインストラクションなしに左右の位置が入れ替わる。この課題においてサルは、一方のターゲットを選択しても報酬が得られない(“嫌な”)試行が長く繰り返されると、次の試行で選択するターゲットの位置を切り替えて、報酬をもたらすターゲットの位置を適応的に学習した。この課題を遂行しているサルから神経細胞活動を記録したところ、外側手綱核と前部帯状皮質の多くの神経細胞が、報酬が得られなかったときに非常に強い興奮性の活動を示した。特に重要な点は、前部帯状皮質の興奮性の活動がサルの将来の選択を予測するような振る舞いを見せたことである。すなわち、“嫌なこと”に対する活動がより強い場合に、サルは次の試行で選択するターゲットを変える傾向にあった。一方、外側手綱核ではサルの選択を反映するような活動は見られなかったが、“嫌なこと”に対する反応がより速いタイミングで生じていた。以上の結果から、外側手綱核は、現在起こった“嫌なこと”をすばやく検出することに関わっており、一方、前部帯状皮質は過去に起こった“嫌なこと”の情報をまとめて、将来の行動を適応的に変化させること(=学習)に関わっている可能性が示唆される。
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