研究概要 |
スピンクロスオーバー(SCO)現象は本質的に単分子由来の現象であるが、分子間相互作用に基づく共同効果に大きく支配される。本研究は、分子間水素結合に基づく集積構造を有し、大きな熱および光履歴を発現するSCO錯体の合成を目的にしている。この研究の解決となるモデル錯体として、これまでに2-ヒドロキシアセトフェノンとエチレンジアミンの2:1縮合物である対称型シップ塩基配位子H_2hapenとイミダゾールが軸位に配位した鉄(III)錯体[Fe(Him)_2(hapen)]Y(Y=BF_4^-,CIO_4^-,PF_6^-,AsF_6^-,SbF_6^-,CF_3SO_3^-,BPh_4^-)を合成している。一連の化合物は多様な集積構造を示したが、その中でイミダゾールーフェノキソ酸素に分子間水素結合を有する一次元鎖状化合物[Fe(Him)_2(hapen)]Y(Y=PF_6^-,AsF_6^-,SbF_6^-)は、急激なスピン転移を示した。また、鉄(III)錯体では珍しい熱ヒステリシスを観測した。 さらに配位子場強度を調整するために2-ヒドロキシアセトフェノンとアセチルアセトン、エチレンジアミンの1:1:1縮合物である非対称型シッフ塩基配位子H_2hapacenを用いた鉄(III)錯体[Fe(HIm)_2(hapacen)]-BPh_4・solvents(solvents=2EtOH,1-BuOH,2-PrOH)を合成した。単結晶が得られた錯体[Fe(HIm)_2(hapacen)]-BPh_4・2EtOHは単結晶X線構造解析から、結晶溶媒であるエタノール分子を介した水素結合による環状二核構造を形成していた。また各錯体は対称型配位子鉄(III)錯体と比較し、より高温域で緩やかなスピン転移を示したが、熱ヒステリシスは観測されなかった。以上の結果は、弱い分子間相互作用である水素結合と、それに基づく次元構造がSCO挙動に重要な影響を及ぼすことを示しており、熱ヒステリシスを獲得するのに要求される新しい分子設計指針を与える。
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