研究実績の概要 |
当該年度は, フィードバック冷却中の情報量と揺らぎの関係を, 情報を含んだ熱力学第二法則から議論するという観点から, 生体内のシグナル伝達の研究を主に行った. 特にE. coli(大腸菌)の走化性(chemotaxis)におけるシグナル伝達中の, 受容体のメチル化とキナーゼ活性間のフィードバックループに着目して, 次の事実(i)-(iv)を発見した. (i) フィードバックのあるシグナル伝達によって適応(adaptation)を行う際の、外界のノイズに対する信号通信のロバストさ(通信の正確性)と情報の輸送(移動エントロピー, transfer entropy)の間に、情報熱力学不等式を構築することができる. (ii)人工的な通信の情報理論であるShannonの第二定理(noisy-channel coding theorem)と, 情報熱力学関係式の間にアナロジーが成り立つ. (iii) 生体内シグナル伝達の通信の正確さを, 情報-熱効率(フィードバック冷却効率)の観点から定量的に議論でき, E.coliのシグナル伝達モデルで数値的に効率を確かめられる. (iv) E. coli走化性のシグナル伝達においては, 全体の熱機関としての効率は低く散逸的であるが, 情報熱効率の観点からは高い効率である. これらの事実を論文にまとめて, 発表を行った. また, 情報と熱力学に関する基礎理論の研究を行い, 自律的なMaxwellのデーモンの研究や, causal network上の情報-熱力学の研究を進展させた. このように, 本研究課題「情報を用いたフィードバック制御による熱機関と低温実験の理論的評価および実験」の研究によって, 情報と冷却, 熱力学の普遍的な関係が明らかとなり, 生体内にも使える議論になってきている. 理論的な評価において非常に目覚ましい結果を上げたといえる.
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