研究概要 |
隣接する道管液が陰圧下にあっても,空洞化した道管に水が再充填されるためには,周囲の陰圧の影響を排除し,空洞化した道管へ水を送り込んで道管内の気体に陽圧をかける必要がある.現在,周囲の陰圧の影響を排除する機構として2つの仮説が提案されている.ひとつは,壁孔膜を通れない大きさの高分子量糖を道管周囲の柔細胞が道管内へ輸送するという説である.壁孔膜が半透膜として働くので,道管に充填される液が高い浸透濃度を保ち,周囲へ引き込まれないようにできる(半透膜説).もうひとつは,再充填中の道管の壁孔内に気泡が入り込む構造(pit valve)により,再充填中の道管液は陰圧下にある周囲の水とのつながりを断つことができるとした説である(pit valve説).しかし,これらの仮説に関して決定的な検証はなされていない.平成24年度は,落葉広葉樹ヤマグワの当年枝を用いた単一道管レベルでの実験により,両仮説を検証した. 半透膜説の検証として,壁孔膜通過前後の溶液濃度を比較することで壁孔膜の半透性を評価した.結果,壁孔膜は平均分子量2万のポリエチレングリコールに対しても半透性を示さなかった.つまり,半透膜説で提唱された機構で道管の再充填が行われているならば,分子量だけで考えると,少なくとも2万以上の分子量をもつ分子が必要であり,十分な浸透濃度を生み出すには莫大なコストがかかる.したがって,半透膜説により提唱された機構だけでは不十分であると考えられる. Pit valve説の検証として,実験的にpit valveを再現し,この構造の安定性を評価した.Pit valve説に基づくと,再充填中の道管液が陽圧下にあっても,気泡に陽圧がかからなければpit valveは安定して存在できるはずである.実測により求めたpit valveが存在できる道管液の圧力の最大値は0.025-0.10MPaであり,実際にpit valveが機能できることが示された.道管内腔の再充填がこの圧力以下で行われていれば,pit valveにより陰圧下での道管の再充填が行われる可能性がある.
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今後の研究の推進方策 |
Pitvalve説の更なる検証のためには,再充填中の道管液にかかる圧力を実測し,pitvalveの安定性と比較することが不可欠である.今後はまず,再充填中の道管に直接アクセスできる実験系の確立を目指す.Pressure probeを用いることで,再充填中の道管液に掛かる圧力を測定する.これに加え,Secchi & Zwieniecki(2012)を参考にして再充填中の道管液を回収し,その組成を調べる.これらの結果から,空洞化した道管が陰圧となることを排除するメカニズムと周囲の柔組織から水を送り込むメカニズムをそれぞれ明らかにして,陰圧下における空洞化した道管への水の再充填という現象の全貌の解明を目指す.
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