研究概要 |
初年度は主に下記の二つの研究を行った.(1)学習・記憶に重要な脳領域の一つとされる海馬とその周辺領域では,脳の発生が終了した成体においても神経細胞が新生されることが,ヒトやサルを含む多くの動物種で確認されている.この細胞新生は記憶回路のオーバーロード(荷重負荷)を回避し,最近記憶したパターンを安定して保持する役割を担う可能性が計算論的観点から示されている.ただし,これらの先行研究で用いられたモデルは,回路を構成する細胞の半数が活性化すると仮定した1/2コーディングが施されたHopfieldモデルであった.記憶回路の特性は,記憶パターンの符号化法に大きく依存することが知られている.全体の細胞数に比べて,活性化した細胞数を小さく符号化することをスパースコーディングと呼ぶ.我々はより一般的な状況を考察すべく,スパースコーディングされた細胞新生する連想記憶モデルについて,SCSNA(self-consistent signal-to-noise analysis)による統計力学的解析を行った.各スパースネスにおいて,過去に記憶したパターンをどの程度保持できるかを表す記憶容量と細胞新生数の関係を統計力学的解析と数値実験により示した.その結果,スパースネスの上昇に伴い,オーバーロードを回避する最小細胞新生数,および記憶容量を最大化する最適な細胞新生数が減少することがわかった.(2)海馬では細胞新生だけでなく,シナプスの新生も観測されている.しかも,シナプスを構成するスパインの体積が小さいほど,高確率でシナプスが消滅されることが生理学的実験により明らかになった.我々は,このシナプス新生を模した0次減衰する連想記憶モデルを提案し,シナプス新生が細胞新生と同様に,記憶回路のオーバーロードを回避し,最近の記憶パターンを安定して保持する役割を担う可能性があることを数値実験により示した.また,シナプス新生モデルの方が,細胞新生モデルよりも記憶容量が大きいことがわかった.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
交付申請書に記載した初年度の年次計画通り,シナプス新生する(形式ニューロン型)連想記憶モデルの数理解析の論文が学術雑誌『Artificial Life and Robotics』に採択および掲載され,さらに,細胞新生する(形式ニューロン型)連想記憶モデルの数理・統計力学的解析の論文が二件の学術雑誌に採択および掲載されたから.
|
今後の研究の推進方策 |
初年度の研究成果を踏まえて,今後は下記の二つの研究を順に行う予定である.(1)細胞新生モデルやシナプス新生モデルは「シナプス減衰項をもつ連想記憶モデル」という枠組みでくくられる.シナプス減衰する連想記憶モデルの記憶容量は二つのパラメータ(減衰係数と減衰次数)に依存するので,"記憶容量を最大化する最適なパラメータをもつシナプス減衰モデル"を数値実験により探索する.(2)形式ニューロンモデルよりも生理学的によりリアリスティックなニューロンモデルを用いたときの連想記憶モデルにおける記憶特性,および細胞新生やシナプス新生の回路に埋め込まれた記憶への影響を,統計力学的解析と数値実験を用いて検証する.
|