本研究の課題は、次の2点であった。①「近代以降における政治的活動が社会的統治へと還元されていること」についての西洋政治思想の議論を再精査すること②近代以降の「社会問題」として位置づけられている問題を政治哲学的な視点から捉え直すこと①については、西洋政治思想史上の根幹に位置付く(それゆえ安易に図式化されがちな)議論に対して批判的な再解釈を試みるという点で意義があった。②については、「現代社会の問題」に対する社会学的アプローチに内在する問題(個人と社会との政治的関係性を捨象あるいは単純化すること)を明らかにした上で、当の問題に対する領域横断的な(政治哲学的な)応答を試みという点で意義があった。 ②で考察の対象とするテーマとして、平成24年度は「教育」を選んだ。そして、その考察の参照軸となる①の基礎研究の対象を政治哲学者ハンナ・アレントに求めた。結果的に、研究課題に挙げたその他2つのテーマ(「過労死」・「芸術」)も含めて、②の研究を裏づけるためにアレント自身の思想的展開に即した緻密な文献研究を優先的に行う必要があるという認識に至った。そこで平成25年度は主に、博士論文構想という形で、体系的なアレント研究を行った。同年度内に行われた所属研究科の博士論文構想発表会で提示した論文主題は「ハンナ・アレントの政治的思考―「始まり」の前についての考察」であり、社会的統治と相争う関係に位置づけられる政治的活動の誕生の条件を政治哲学的に明らかにすることを主旨とした。②との対応関係についていえば、「教育」はアレントの時事評論と彼女の政治哲学的な理論構造との整合性を問う第4章に、「過労死」は全体主義運動と今日に至る労働者社会との連続性を明らかにする第5章に、「芸術」は政治的活動の誕生の条件との関連で詩的思考の性質を明らかにする第6章の内容に組み込む形で全体の構想を行った。
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