〈家〉の視座から中世王朝物語を読み解くことで、その独自性と文学史的意義を明らかにすることを最終的な目的として、具体的には〈家〉の中でも特に母の問題について『とりかへばや』『木幡の時雨』を主としつつ中古・中世の王朝物語の比較考察を行うという計画のもと研究に取り組んだ。 その結果、従来母の希薄性が指摘されてきた『とりかへばや』に関して、〈機能不全〉の母たちが子の行動を規定し、結果的に物語を動かす原動力となっているという独自の母子構造を明らかにした。この問題は〈家〉制度が次第に家父長制へと移行する中での母の重要性や位置づけに関わるものであり、本研究成果は母の問題が一つの物語世界を動かす大きなエネルギーとなり得るものであったことを示す意味でも重要である。また、『とりかへばや』の影響を強く受けているとされる『木幡の時雨』では、継子いじめ譚にみられる継母によるいじめが実の母子間で行われていることに着眼し、実母の継母性という視点から研究を行った結果、『源氏物語』『とりかへばや』をはじめとする中古の王朝物語が内包していた母と娘の問題が引き継がれていることを解明した。加えて、『源氏物語』や『とりかへばや』では最後まで解消されることのなかった母と娘の問題が、『木幡の時雨』では、『とりかへばや』と共通のモチーフである類似するきょうだいの交換により解消されることを解き明かし、その独自性をも明確にした。 以上の成果は、中世王朝物語が中古の王朝物語の単なる模倣などではなく、物語の深層レベルでの問題をも受け止めた上で変奏し、新たな物語として紡ぎ直していることを明白にしたという点においても重要な意義を有しており、その文学史的意義をも明らかにするものである。
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