本研究の目的は、独立後の国家形成における文化政策の中で生成され展開していったモザンビークの舞踊劇バイラードが、地方でも創作されるようになるまでの経緯を検証するとともに、現在の地方歌舞団のバイラード実践者が地域の伝統芸能と舞台芸術の世界をどのように結びつけながらバイラード創作を行なっているのかについて、「アート」という概念がもたらした影響にも着眼しながら明らかにすることである。 調査の結果、エスニック集団を単位としたコミュニティ単位で継承されていた芸能の多くが、独立後の文化政策や社会変化によるコミュニティの解体とともに衰退していったが、地方の歌舞団などによる「市民としての芸能活動」が盛んになる中で、それらの芸能が脈絡を変えて展開する動向もみられたことが判明した。また、その延長線上にバイラードが発展していったことがわかった。近年の地方の歌舞団のバイラード創作の事例としては、歌舞団モンテス・ナムリを取り上げ、その創作志向について考察した。そして、海外の舞台芸術の分野の団体と交流する機会を得たことで強まってきた「西洋を意識したアート志向」と、「源泉=自らの伝統」に目を向けた「伝統志向」の2つの創作志向の間で揺れ動く葛藤の様子や、その葛藤が作品に与えた影響を明らかにした。 アフリカ諸国の独立後の文化政策が舞台芸術に与えた影響に関する研究はこれまで限られた地域でしか行なわれておらず、モザンビークの研究は少ない。本研究は、モザンビークの舞台芸術に関する基礎的研究として意義を持つ。また近年のダイナミックな社会変容の中で、モザンビークの芸能の実践者が過去から引き継いだ地方芸能をどのように活かしながら、新たな舞台芸術を創造しているかについて、社会学的観点からだけでなく実際の創作活動や作品分析から明らかにした研究として重要性がある。
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