研究課題/領域番号 |
12J40078
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
井家 晴子 京都大学, 人文科学研究所, 特別研究員(RPD)
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キーワード | モロッコ / タイ / 妊娠 / 出産 / リスク / イスラーム / 医療人類学 / 帝王切開 |
研究概要 |
昨年度の前半期はこれまでのモロッコでの調査のとりまとめ、分析を行いつつ、夏にむけてタイ調査の準備を行った。先進国日本と、これまで調査を重ねてきた出産の医療化が緩やかなモロッコ農村部、その中間に位置する、出産の医療化がすさまじいタイの出産の変化の背景とその違いが何であるのかを探りたいと考えたのである。タイは、妊産婦自ら帝王切開を希望する者が非常に多い国として知られてきた。一方で、近年、首都バンコク市の中産階級、富裕層では、私立病院での麻酔を使った「自然出産」が増えているという。こうした状況の背景には、近年の医療の進展により、多くの在外外国人がタイの医療を利用し、タイの中産階級以上の人々も追随している現状があると推察される。私立病院には、日本人をはじめ医療ツーリズムで来タイした中東諸国の人々、欧米人の妊婦の姿が多くみられる。こうした、越境し出産する女性に関する報告はこれまで見られなかった。 こうした外国人の中には、VBAC(帝王切開の後の経膣分娩)を望むものも多い。日本をはじめとして先進諸国では、VBACはリスクの非常に高い医療措置とされ多くの医療機関では敬遠されている。しかし、タイでは、こうした妊婦の要望にも応えることが可能であり、自ら望む出産スタイルを果たそうとする者たちがインターネットでタイに関する情報交換を行っている。本研究では滞在中、タイで出産した約30人の日本人女性、タイで働く日本人助産師、日本人医師、タイ人医師たちにインタビューを行った。帰国後は、タイで収集したデータの整理をするとともに、帝王切開、VBACを考える会に参加し、語りを収集した。 こうした調査を経て産前、産中、産後の処方をタイと日本で比較すると、両者で顕著に異なるのが、痛みの管理法、術後の過ごし方、術跡のケアに関してであった。タイの私立病院では痛み、術跡に対するケアが非常に手厚いのに対し、日本においては麻酔による分娩を選択しない限り、産中産後の痛みは出産に必ずつきまとう、母ととしての、通過儀礼的な要素として扱われる。帝王切開であれ、薬はほとんど処方されず、タイのように美的関心から術跡に関心が払われることはない。VBACに関しては、タイでも行われている医療機関は一部であり、一般的に、病院では帝王切開経験者に関しては原則反復帝王切開を行うことが常となっている。このような中で、自らVBACを選択する者の多くは欧米人であり、若干名の日本人も存在する。タイでVBACの第一人者とされる医師によると、同僚の医師たちは不測の事態が起こり予定の立てにくいVBACを好まず、簡単に帝王切開を選択するということであった。このような語りは日本でも見られた。VBACを希望する女性たちの多くは、自分が医師の都合で帝王切開になったのではないかと考え、帝王切開のトラウマはVBACを行うことでしか乗り越えることはできないと考えている者がほとんどであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新たな調査地としてタイを選択したものの、短期間での予備調査であり、また言語が未習得であったため、医療関係者や日本人在住者と人脈を築くことは可能であったが、当初希望した現地の一般人へのコンタクトが思うようにできなかった。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の夏までに、昨年度行ったタイでの調査の成果を分析、とりまとめることにする。タイでの新たな調査は今年度は行わず、タイで築いた人脈をもとに日本に帰国した在住者たち、また、日本からタイの医療関係者たちに連絡を行い、調査の補完作業を行いたい。また、並行してこれまで分析を続けてきた、モロッコ王国における身体とイメージに関する論考を完成させる。モロッコ王国へは秋に渡航し、現地調査を行い、調査の補完を行い、冬に博士論文を完成させることを目標とする。
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