HIV-1(エイズウイルス)がコードするTatタンパク質は、HIV複製に必要なゲノムLTRからTAR(trans-acting response element)のステムループ構造に依存して転写を活性化する。TAR上でTat蛋白質と宿主因子(Tat-SF1、P-TEFb、DSIF、TFIIF)が転写伸長反応複合体として作用する。一方、私は、RNAポリメラーゼII(RNAPII)の転写伸長反応速度制御機構の研究から、mRNA合成速度を可変する蛋白性因子DSIFの同定に成功し、その後、DSIFはRNAPIIに直接結合してRNA合成速度上昇あるいは速度低下を調節する転写伸長反応制御因子であることを見出した。DSIFは160kDa(DSIFp160)と14kDa(DSIFp14)の2つのサブユニットからなり、両サブユニットがDSIF活性に必須である。本研究は、これまで解析の行われていなかったDSIFp14に着目し、種々の欠失変異体を作製してDSIFp14の生化学的解析を行った。その結果、大腸菌で10種類のN末側およびC末側からのDSIFp14欠失変異体を発現させ、DSIFp160とDSIFp14の結合がDSIF活性には必須であることがわかった。さらに、選択的スプライシングにより生じるDSIFp14の5つのエキソンのうち3番目のエキソンを欠いたDSIFp14-smallの発現を見出した。in vitro転写系の解析から、組換えDSIFp14-smallがDSIFのサブユニットとして機能しないことを見出した。また、DSIFによる転写伸長反応制御がクロマチン構造と関連することをin vitro転写系で明らかにした。よって本研究の研究成果は、Tat依存的転写伸長複合体の作用機序の分子レベルでの理解に貢献し、今後エイズウイルスの複製阻害を思考する上で貴重な情報となることが期待される。
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