研究概要 |
明治以降に始まったわが国の仏教研究は,それ以前に各宗派単位でなされてきた伝統的な仏教研究に対し,これまで近代仏教学の名で区別されてきたが、その内実は必ずしも明らかではなかった.本年度の研究は,近代の仏教学における研究方法に関する諸問題を関係資料の分析により明解にし,この新たな研究態度が研究成果自体に与えた影響を分析したものである. 近代仏教学は近代西洋において,17世紀に生まれた聖書の高等批評にその方法を学び,東洋の言語・宗教解明への熱烈なロマン主義的関心に支えられて,19世紀初めから頓に発達する.この近代仏教学は,歴史的イエス研究を研究の範としたこと,ヨーロッパにおける人文主義隆盛の最中に生まれたことが主要な要因となり,研究において文献のみを対象とする態度が鮮明となり,かつ文献研究においても歴史主義的な接近方法が専一となった。 この影響の下に歩みだした日本の近代仏教学は,仏教という複数の要素によって成り立つ文化全体から切り離して,単独に合理的に解釈可能な思想を表した文献のみを抽出し,儀礼や修行法という実践的側面、そしてそれを映し出した律蔵文献、考古学的遺物などを考察の対象から外すことによって進んでいった.この偏った研究態度に基づいて,仏教の厳密な定義とその歴史的変遷が探られることとなったため,そこに生まれた研究成果は,実際に現在確認される仏教世界の現実とも,あるいは考古学的な発見とも説明のつかない矛盾点を残している.今後の研究は,こうして考察の対象から漏れ落ちてきた要素を復活し、従来の成果に対峙させ,それらを総合する地平に出ることを目指さなければならない.
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