本研究は、大学における学生の分析・思考・表現能力の充実改善を主題とし、これに西欧の古典教育がどの程度範例として有益であり得るかを探ることをその具体的な作業として設定している。上記能力の形成に深い関わりを持つのは、わが国においては、とりわけ中等教育における国語科教育であろうが、この教科の教育内容が上記能力の開発・形成にどれほど貢献しているかを出来るだけ多面的に(フランスの教育システムとの比較論的視点をも導入しつつ)調査した。以下はその概要である。1)現在の国語教育の実態調査:高校用国語科教科書一揃い、教師用指導ガイドを資料として用いて国語の教育内容を調べ、また複数のインフォーマントからの聴き取り調査を行った。2)国語教科教育法の研究者から、新しい国語教育の動向(議論・論証分野の飛躍的拡充)についてレクチャーを受けた。3)渡仏し、比較の対照軸とすべく、フランスの中等教育課程における国語教育の実態を調査した。4)都立高校の国語教員から聞き取り調査を行い、わが国の国語科教員が置かれている困難な状況を知らされた。こうした調査を経た結果、次のようなことが言明できる。A)日本における国語教育は、教材作者の視点、心情への同一化をもっぱら求めるものであり、ある種の情操教育を形作っている。こうしたシステムは表現力・論証力のトレーニングには不適である。B)こうした従来の「受信型」の国語教育への反省から、新しい国語教育が唱導されてきているが、教育現場では、本来の教科教育以外の分野での負担が教員に重くのしかかっており、国語教育改善を企てる余裕がほとんど見出せない。C)当該問題に関する中等教育レベルでの目立った改革が当面期待できない以上、大学教育レベルで分析・思考・表現能力養成のための訓練プログラムを組織する必要があるだろう。その際、西欧の古典レトリック及びフランスの範例が大きな示唆を与えてくれると思われる。
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