この研究は、特定領域研究『東アジア出版文化の研究』の研究項目『出版環境研究』として行われた。この研究項目の範囲は出版を成り立たせる社会的状況である。特に留意したのは、写本から版本への移行過程に発生する問題である。大量の印刷物(宋版)が中国から流入した院政・鎌倉時代、その中でも特に寺院社会における宋版辞書類の受容を図書寮本『類聚名義抄』に即して論じた。図書寮本『類聚名義抄』には、『広韻』『大広益会玉篇』の引用があり、その中に写本の漢字字体と版本のそれとの相違を明確に意識した例のあることを明らかにした。また、『広韻』は、「宋」「宋韻」の略称で引かれる。この名称は、中国に見えないが、日本において流通していたことが明らかになった。 京都・高山寺の経蔵には膨大な訓点資料が所蔵されているが、この訓点資料に引用された宋版辞書類の引用文を調査・収集し、それを通して、宋版辞書類が、いつ頃からどのように受容されたかに関する考察を行った。その調査・考察を通して、辞書類の引用文を検索する索引が必要であることに気づき、その形式等について検討を始めた。 一方、メディアの違いと字体規範差とに注目するのがもう一つの目的である。特に写本と版本とに存する字体規範差へ対応を規範性の高い漢字字書を例に実証しようと考えている。宋版としては『大広益会玉篇』の言部・水部・糸部、写本としては図書寮本『類聚名義抄』の糸部、『蒙隷万象名義』の言部・水部・糸部の三部首について、データベース化が一応終了し、字体規範差の分析を行った。
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