「明清民間宗教文献」所収の宝巻から明末清初の教派系宝巻に記される施主、或は、巻末の刊記に宝巻刊行他、刊行者、所有者の経歴などがないかを調査する一方、明前期に開版された永楽北蔵や正統道蔵経など、王朝から公認されていた宗教出版物の刊行をめぐる分析を行なった。永楽北蔵や正統道蔵経などは、勅命による中央の司礼監で刊行した経廠本であるため、刊記には新しい資料はなかったが、北蔵の妙法蓮華経の刊記に、太監が一部を寄進した旨の墨書が記されていた。このことから、機会のあるたびに、太監らの権力と財力を持ったものたちが、小部数の宗教印刷物の出版を支援していたことが判明した。これは、教派系宝巻にある刊記や寄進者に皇妃や、宦官の名がある点と符号し、北蔵や道蔵の装幀や版式と宝巻のそれが類似する理由、つまり、同じような経舗に依託していたという推測を補強する資料となることを確認した。北京では党家という書林がその中心的存在であるが、SARSの影響で現地調査は進んでいない。一方、南方の拠点は南京であり、ここには徐家という経舗が王朝の委託を受けて南蔵の印刷をしていた。ここで刊行される仏典の装幀は、北方の教派系宝巻のそれと類似するものの、江南で明末清初に教派系宝巻が出版された実物資料が未発見のため、宗教経典の流通をめぐる南北の交流、出版流通システムについては、今後更に原資料を所蔵する機関に赴いて調査する。北京で一部公開された呉暁鈴旧蔵刊宝巻も、写真版で見られるようになったので、その版式を従来より蒐集している資料と対比させ、その版元の特色を分析中である。また、教派系宝巻が嘉靖年間の出版文化と深い関係にあることが判明したので、嘉靖帝による国家出版物と民間の印刷業の隆盛との関係についても、原本調査によってその版元と出版物の特色について分析を実施している。
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