陳建の『皇明資治通紀』は、元末の至正年間以来、正徳年間までの明朝前半期約170年間を扱った編年史である。明の嘉靖34年(1555)に刊刻された本書の特色は、「昭代」史、すなわち同時代史という点にある。その続編も含めれば、明末に最も多くの読者に受け入れられた明朝に関する歴史書と考えられる。 第3回東アジア出版文化に関する国際学術会議(仙台市、2003年11月29日)において、この間の調査研究をもとに、「陳建の『皇明資治通紀』とその続編」と題して研究報告を行った。研究報告では、はじめに皇明通紀の成り立ちと原刻本、及び陳建の経歴について簡潔に紹介した。次に、明朝隆慶年間(1567-1572年)に王朝により禁書に指定された事実を手がかりに、明朝の出版規制の問題について考察を加えた。さらに、これまでの主に国内の漢籍所蔵図書館における文献調査をもとに、皇明通紀に関係する続編の全体像についてその概要を紹介するとともに、皇明通紀とその続編が盛んに出版される明末の社会背景についても論及した。 陳建の『皇明資治通紀』の編纂と出版、そしてその広汎な普及は、出版が著しく活況を呈した明末社会では、王朝による「国史」編纂のプライオリティの保持がまさに危機に瀕していたことを如実に示すものである。かかる喪失の危機感が、明朝をして万暦年間に「本朝正史」編纂事業に着手させる契機となったと考えられる。とはいえ、その万暦正史編纂事業も、宮殿の火災や政局の混乱の中で頓挫した。そのため、読書人の「正史」への渇きは、通紀の重刻や陳建に続く卜大有『星明続紀』や馬晋允『皇明通紀輯要』、沈國元『皇明従信録』、高汝?『皇明法伝録』などの続編で癒さなければならなかった。万暦末年から明朝滅亡にいたるまで、あらたに上木された通紀の続編は、十種以上にのぼった。
|