本研究の基礎であり、第一の課題でもある日本現存明版書誌の調査と収集については、正徳以前刊本と刊行者の明確な嘉靖以後刊本、特に坊刻本を中心に、約260部の実査を行なうことができた.これによって、この十余年の間に蓄積した明版書誌は、すでに2000部に近づいており、明代出版史の定量的分析を可能にするだけの、堅実な史料的基礎を築きつつある、と言ってよいだろう。ただ収集された書誌の整理と目録化については、当初想定していたよりはるかに厖大な量の作業が必要で、過去に蓄積された分にまで溯っての整理は、ごく僅かしか行ないえていないのが実情である。 収集した書誌を利用しての出版文化史研究は、研究発表の項に記した論文「明末清初の出版と出版統制(前編)」および「明代中期の出版と学術風気」の二篇にまとめて発表した。前者は明末の坊刻本と清初のそれとの間に見られる不連続を、書物の形式と内容、また出版量から説明し、この急激な変化の背景には、出版をとりまく環境の変化、特に出版統制の問題が存在したに違いないことを明らかにしたものである。また後者の論文は、明代中期の弘治・正徳年間になって、古典著作の再刊が一気に進みはじめる事実につき、まずその経緯を確認したうえで、そうした現象がなぜ明初には起きなかったのか、またこの現象を生ぜしめた学術風気とはどのようなものであったのかを明らかにしている。これら二篇の論文は、その史料的根拠を何よりもまず明版書の実物に、そこに見られる序跋や告白(宣伝文)などに求めており、まったく書誌研究があってはじめて著しうるものと言うことができよう。
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