(1)『大南一統志』写本の継続調査 本年度もベトナムに赴き、漢喃研究院以外にも数種の写本を所蔵している機関に赴き、書誌情報を得た。特に史学院では、現代ベトナム語訳本の底本の一つであるH149本のデータを得ることができ、この3回のハノイでの調査で得た書誌データをまとめ、研究成果報告書Iとして公開した。収集で得た感触としては、写本はほぼ一つの系統にまとめられ、共通の原本があったようである。それは嗣徳期の稿本もしくはその写本であろうと推定されるので、その残存が期待されるサイゴンでの調査が今後必要である。 (2)刊本の刊行の経緯及び写本との内容の相違について 稿本の作成された時代と、刊本の刊行には30年以上の差があり、その間にフランスの侵略、植民地化という大事件を挟んでいるので、両者の間には相当な内容の相違があると推定することができた。そうした政治的変化に最も敏感に反応する部分はこの書籍のどこであろうかと思案の末、人物の条(その中の本朝(阮朝)部分)に着自し、まず中北部三省(清化省、乂安省、河静省)を対象にして両者の比較を行った。 その結果、刊本は稿本より後の時代の人物を追加しただけという単純なものではなかった。後の人物を加えた結果、重要性の劣る人物は刊本では削除されている一方で、本朝(19世紀初頭以降)の項日に16世紀以降の広南阮氏時代の人物を採録している。それに対して北部の鄭氏側の人物は名目上の存在であった黎朝の項に配列されている。また、新たに生まれた科挙官僚も多く刊本では採録されている。こうした人物の中にはフランスの侵略に対抗した者も含まれており、植民地下でこの書籍が出版されたことを考えると、20世紀における「王朝ナショナリズム」に対する低い評価は再考の余地がある。そのため、研究集会で報告を行った後、対象を中部全省に拡大して考察を継続中である。
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