モンゴルにおける仏典翻訳の歴史の一端を解明し、元朝時代における仏典出版が、実はモンゴルにおける出版そのもののさきがけであることを論証した。そして、その出版成果が後代に伝承される過程において、いかなる変容を被ったか、もしくは、逆に、被らずに原典の特色を保存したかを、モンゴル語仏典を題材として考究することで、彼地における出版文化の実相の一部を解明した。具体的には、『普賢行願讃』、『法華経』、『宝徳蔵般若経』、『宝網経』、『牛首山授記経』等に題材を求めて、モンゴル語学・文献学における仏典の資料的価値を考証するとともに、その流布がモンゴルにおける出版文化の発達と深く関係することを論じた。元朝時代に一通りは完成を見たモンゴル大蔵経は、それ自体は失われ、今日目途し得るものは後代の写本・版本である。しかし、その行文を比較対照し、底本を確定する作業を通じて明らかになるのは、その多くは奥書で数次の改訂を経たと称しつつ実は元朝時代の原典を、その誤訳も含めて忠実に保存していること、また、後代の写本・版本は、形式上はチベット本に依拠する体裁をとるが、実は、原典自体は当初、必ずしもそうではなかったものもある、という事実であった。また、原典は、作品によって翻訳の質の差が著しく異なることから、大蔵経の出版事業が短時日に性急になされたと考えざるを得ない。さらに、後代の改訂も杜撰で、チベット本との形式的対応にのみ腐心して種々の誤訳が放置されていることも、明らかとした。これらの成果は、現在、いくつかの論文として内外の研究誌に投稿中である。
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