12世紀の儒学者であった朱子の主著である『四書集注』は、近世期以後の東アジア文化圏に於いては、共通の教典として最も広く読まれたものである。そのためにその『四書集注』が印刷された歴史的経緯及びその文化史的意義を明らかにする為には、多層多元的な視点に立脚した地道な作業が要請される。漢籍を所蔵する機関には必ずといってよいほどに『四書集注』を所蔵しているわけだが、初年度の今年は、日本の周辺地域に該当する対馬・沖縄における『四書集注』の刊行・所蔵の状況を調査した。その結果、琉球王府時代に確かに『四書集注』を刊行されていたこと、対馬に於いては刊行されないままに主に和刻本が利用されていたことが明らかになった。日本における印刷・利用状況に地域差が歴然としていることを確認できたことは大きな収穫であった。『四書集注』の内部構造の一端を今年度は『論語集注』を取り上げて解析することができた。印刷文化の研究そのものではないかに見えるが、その普及度受容度が格別に高かった事の最大の理由は内容そのものにあることを考えると、この内容面からの研究も不可欠の要素である。近世紀東アジアの読書人達が社会の構成員としての責任を自覚しながらそれぞれの人生を「成熟物語」として物語る教本として『四書集注』の中の『論語集注』が読まれたことを確認できた。読者論を内包した印刷文化論を明らかにする為には大事な作業である。
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