簡牘を編綴した冊書という特殊な形態をとる戦国・秦漢時代の書籍の研究では、まず「モノ」としての冊書を詳細に検討することが必要である。現物を実見して調査する機会が限定されている状況にあって、最善の方法として写真版を中心に規格・素材・編綴方法を出土簡牘ごとに精査し、「経書は三尺」とされるような規格化がどのように進行したかを検討した。墓葬出土簡牘の中から『詩経』『儀礼』『論語』を採り上げて如上の視点から検討した結果、規格どおりの冊書がある一方で、それからはずれる冊書も存在することが明らかとなった。これは規格に合致する「正本」とは別に、いわば「私家版」のような経書も作成・流通していたことを示唆しており、墓葬出土簡牘にはかかる「私家版」の占める比率が高いことを想定すべきことが明らかとなった。 また、編綴方法、具体的には緯編(ひも)の数量や編綴位置と書籍内容との相関も一定の見通しを得ることができた。すなわち、上端と下端にひもを通す編綴方法と、中間部のみにひもを通す編綴方法があり、これは簡の長さそのものとは無関係であることが判明した。概して、書籍の範疇に入れられる出土簡牘には前者の傾向が、記録の範疇に入れられる簡牘には後者の傾向が強いことが看取され、これが、ある出土簡牘が当時書籍と見なされていたか否かを判断する一定の基準となりうることが明らかとなった。また、編綴のひもを固定するための切り込みの有無も、書籍か否かの判断基準として有効であることも判明した。
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