本年度は、類書、とくに『事林広記』に重点を置いた研究となり、下段に要旨を掲載したような、研究成果をあげることができた。年度前半においては、科挙をはじめ、地方志編纂や善書など、本研究において課題とした、問題についての資料収集を並行しておこない、収集した資料類の整理にも取りかかったが、現時点では、成果として報告するだけの形にまとまってはおらず、後日を期したい。共同研究の面では、11月のシンポジウム「モンゴルの出版文化」では研究発表と司会を担当したが、それに限らず、当該分野の研究者とはたえず連絡をとりつつ情報の共有化に勉めている。また、個人的な調査だけではなく、本研究参加の諸氏との共同調査の機会を得た(たとえば、京都国立博物館所蔵資料)。 刊行した成果においては、現存『事林広記』諸本のうち、他本には見られない特徴が多々存在する和刻本ついて、刊記にある泰定年間の出版物としては理解できない点について、図示をして紹介し、宋元交代にともなう出版の問題、とくに元朝の出版政策についての視点から検討を加えた。具体的には、泰定年間は元朝も後半期であるにもかかわらず、和刻本には、宋朝を「国朝」、「本朝」と呼び、あるいは、宋朝の皇帝に対して、改行をおこなうなどの例が存在するなど点である。元朝支配下の出版であるはずの、和刻本の底本にこうした事例が存在することをどう理解するかについて、『事林広記』中に存在する、他の元朝の法制上違式と考えられる内容とも合わせて、同じ異民族支配の王朝である清朝における「文字の獄」から連想されるような、厳重な出版統制が少なくとも民間の出版物に対しては、元朝の場合には存在しなかったのではないか、という仮説を提示した。また、今回の特定領域研究における調査の成果に基づいた、「『事林広記』諸本表改訂版」を附編として掲載し、この分野の研究者の利用に供することとした。
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