分子内に二つの不対電子を有する三重項ビラジカル分子は磁気モーメントを有するために、ビラジカル分子間の強磁性的相互作用は磁気秩序の発現をもたらす。構成単位間の共同的な相互作用は、電子間、分子間、物質間、細胞間、個体間のようなさまざまな階層において見ることができるように、自然界の秩序構成に極めて重要な現象である。強磁性的相互作用は電子スピン間の共同現象として捉えることができ、まさに電子という最小単位間のシンクロナイゼーションであり、古くから主に物理学者の研究対象として扱われてきた。本研究課題では分子内のスピン間相互作用が分子間のスピン間相互作用に及ぼす影響について検討し、新たな電子物性発現の可能性について考えてみた。特に、従来の研究では全く扱われていなかったπ電子共役一重項ビラジカル分子間の相互作用について新しい可能性を見いだすことを試みた。本研究では分子内の二つのイミダゾリルラジカルがベンゼン環を介して共役した化合物(BDPI-2Y、BDPI-4Y)がビラジカル状態とキノイド状態の熱平衡になっていることを見いだした。さらに、BDPI-2YおよびBDPI-4Yは、非局在π電子共役系化合物としては初めての安定基底一重項ビラジカル状態分子であることを明らかにすることができた。さらに、分子間には強いπスタッキングが形成されていることも単結晶X線構造解析により見いだした。これまでに一重項ビラジカル分子の分子間相互作用に関する研究の報告例はなく、結晶中において形成される一重項ビラジカルバンド構造が電子物性に与える影響については興味のもたれるところである。今後さらなる研究を重ねることで、一重項ビラジカル分子間のシンクロナイゼーションによる未知な物性発現が期待できる。
|