| 研究概要 |
本特定領域研究では,潮汐リズム発現の鍵物質である「孵化過程誘導物質」の単離および化学構造の解析を行い,この物質による孵化過程誘導の分子機構の解明をめざしている。
アカテガニの雌は1ヶ月近く抱卵した後,川岸に出てゾエア幼生を放出する。幼生の放出は夜間の満潮時に行われるが,その直前に孵化が起こる。孵化の同調性は著しく高く,30分以内に4-5万の幼生がいっせいに雌親の腹部で艀化する。孵化のタイミングは雌親の持つ「潮汐時計」によって制御されている。
今までの研究によって,艀化前の胚には「艀化過程」と呼ぶ特別なプログラムがあり,その「引き金」が実際に幼生が艀化する2晩前に親から送られることが示唆されていた。その因子は,OHSSと呼ぶ,艀化水(幼生が艀化した後の海水)の中に含まれている活性因子の前駆体ではないかと思われたが,研究を進めてゆくうちにOHSSとは違った低分子物質の存在が明らかになってきた。
孵化過程誘導物質が雌親のどの組織や器官で作られているのかを調べるために,担卵肢,腹部,胸部,眼柄神経節,脳,胸部神経節など,あらゆる組織を切り出してすりつぶし,ホモジェナイズして上清と沈殿物に分け,孵化誘導効果を調べたが,よい結果が得られなかった。さらに化学薬品の効果を調べた結果,偶然であるが,アセトンに非常に強い孵化誘導作用があることがわかった。もちろんアセトン処理によって正常に遊泳するゾエア幼生が出現する。おそらく雌親はアセトンと非常に化学構造の似ている低分子物質を分泌し,それが胚の「孵化過程」を誘導するのであろう。
この物質は胚を取り巻く循環水や孵化水に非常に低濃度で含まれる可能性が高い。組織をすりつぶす実験がうまく行かなかったのは,雌から放出されるとすぐに水中(具体的には胚の外側を循環する水に拡散してしまうためであると思われる。
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