研究概要 |
海洋生態系における内分泌撹乱物質の一種、トリブチルスズ(TBT)は1990年に防汚塗料を漁網や小型船舶等に使用することが禁止されたが、近年でも沿岸域に残留していることが報告されており、低濃度でも内分泌攪乱物質としての生物影響が懸念される。また、有機スズ化合物は海水から植物プランクトンないしワレカラ類(甲殻綱:端脚目)の間で高い生物濃縮を示すが、それより上位の魚類から哺乳類間の生物濃縮は低く、低次の生物ほど影響が大きいと推察された。よって、禁止後10年たった汚染の現況と、その濃度におけるワレカラ類等の浅海域生態系の低次生物に対する影響評価を検討する必要がある。 禁止後、10年経過した2001年におけるブチルスズ化合物の濃度の実態を明らかにするため、瀬戸内海西部、宇和海、及び高知沿岸の約60地点から海水及びワレカラ類を採水(採取)し、TBTとその分解物であるジブチルスズ(DBT)とモノブチルスズ(MBT)の濃度を分析した。その結果、TBTは瀬戸内海側ではN.D.〜39ng/L、宇和海側ではN.D.〜16ng/Lであり、低レベルではあるが有機スズ化合物の汚染が継続していることが確認された。ワレカラ類からも2〜48ng/g(湿重量)の総ブチルスズ化合物が検出された。また、TBT濃度が増加するに従い、ワレカラ類を採集することができた地点の比率は低下した。 次に、以上の濃度の生物影響を明らかにするために、野外から採集したホソワレカラの抱卵雌を清海水で飼育し、孵化後の幼体を0〜10,000ngTBTCl/Lの5段階のTBT濃度で飼育した。水温は20℃に設定した。0ng/L以外の全ての実験区で卵の発生期間中に加え、清海水に移行後も死亡が続いた。当初の産卵数と比較すると10ng/L区でも、孵化時の生残率は70%、成熟時における生残率は50%以下に低下した。また、0ng/L区における孵化個体のメスの比率は36%であったが、TBTClの濃度の上昇に伴い、メスの比率が増加し、100、1000ng/L区ではメスが80%以上を占めた。よって、現在、検出されている低濃度のTBTでも日本沿岸ではワレカラ類の分布域の減少や個体群密度の低下が起こっている可能性が極めて高い。
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