好熱性水素細菌(Hydrogenobacter thermophilus)がもつ電子伝達タンパク質チトクロームc_<552>(HT)は分子量約8000、アミノ酸残基80からなる比較的小さな球状タンパク質である。活性部位にヘム(鉄-ポルフィリン錯体)をもち、ヘム鉄の酸化数の変化(還元型(Fe^<II>)、酸化型(Fe^<III>))により電子の授受を行う。HTは非常に熱安定性が高く、100℃でも変性しない。一方、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)由来のチトクロームc_<551>(PA)の一次構造はHTと高い相同性(56%)をもつにもかかわらず、熱変性温度はHTに比べて約40℃も低い。また、PAの5個のアミノ酸残基をHTで対応するアミノ酸残基に置換した変異体(F7A/V13M/F34Y/E43Y/V781)は、HTに相当するほど熱安定性が高いことがわかっている。本研究ではNMRおよび可視吸収スペクトルの解析により得られる構造化学的因子や電気化学測定により求められるヘム鉄の酸化還元電位の温度依存性を幅広い温度範囲(5℃-95℃)で解析することにより、これらヘムタンパク質の活性部位の分子構造と機能を熱安定性の発現および機能調節の分子機構の解明という観点から詳細に比較した。その結果、ヘム鉄と軸配位子との配位結合の強度がタンパク質の疎水性コアの構造とダイナミクスに依存すること、ヘム錯体の安定性がヘムタンパク質の熱安定性と密接な関係があることなどを明らかにした。したがって、生体高分子の疎水性コアの構造を制御することにより分子の安定性と機能をそれぞれ独立的に調節することが可能であるということを発見したという点から、本研究は分子設計に利用可能な新規な原理を提唱したことになる。
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