ヒトやサルが行う上肢による到達運動は、シフトプリズムを装着することにより視覚空間座標と運動座標との間に解離が生じても、10-20回の試行で正確に目標に到達することができる。しかもこの運動学習にはプリズムの着脱毎に、極めて高い再現性のあることが確認されている。このような運動学習に大脳皮質運動前野腹側部が重要な役割を果たしていることが明らかにされている。本年度の研究では、この目標点への手到達運動のプリズム適応が運動前野腹側部内およびその周辺の神経ネットワークにおける信号伝達の変化によって達成されるという仮説を立て、運動前野腹側部への出力先である一次運動野から単一ニューロン活動の多点同時記録を行い、データの詳細な解析を行った。 運動前野腹側部と一次運動野のいずれにおいても運動関連ニューロンなどのいずれもプリズム適応中に特異的な発火を示すものはほとんどなかった。しかし、ニューロン間の相互相関を解析すると、プリズム適応中に特異的にスパイク後促通および同期発火を示すニューロン対が存在することが明らかとなった。これらは特に運動前野腹側部内の運動関連ニューロン間である場合が多数であった。一部は運動前野腹側部内の運動関連ニューロンとそれ以外のニューロン、および運動前野腹側部と一次運動野の運動関連ニューロン間で認められた。しかし一次運動野内では運動学習特異的なスパイク後促通あるいは同期発火を示すニューロンは少数であった。 このことは運動前野腹側部の神経ネットワークにおける特異的なシナプス伝達効率の変化のみならず運動学習中に特異的なニューロン間の同期発火がプリズム適応に関わっていることを示すものと考えられる。本研究の結果は情報変換に関わるニューロン群間の結合性が変化と時間的同期の両方がプリズム適応に重要な役割を果たしていることを示唆する。
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