発生生物学では細胞極性の形成機構は主要な課題であるにもかかわらず、細胞極性という言葉は未だに一つの概念にすぎない。細胞極性はいろいろな細胞でいろいろな場面に現れるが、それらが同じ一つの基本原理に基づくものであるかどうかは不明だ。そこで本研究では、細胞極性の共通原理を理解することを目指し、神経細胞の発生過程のうち、細胞移動と突起形成の2つのステップをインビトロで再現し、それぞれ細胞極性が逆転する現象を観察した。 大脳皮質の抑制性ニューロンは、発生初期に他の領域から移動して来ることがわかっている。胎児期大脳皮質の神経細胞をグリア細胞の上に培養すると、やはり抑制性ニューロンは興奮性ニューロンに比べて特に高い移動能をもつことがわかった。抑制性ニューロンは培養中に頻繁に移動逆転を起こし、移動逆転に伴って細胞内小器官が回転していた。 古くから、さまざまな種類の動物の生体内で神経の軸索を細胞体の近くで切断すると樹状突起から軸索が再生してくることが報告されてきた。そこで樹状突起から軸索が再生する現象を培養条件下で再現することを試みた。出生直後のラットの大脳皮質をマイルドに分散すると、樹状突起をつけたままの神経細胞がとれてきた。この細胞を無血清、低密度培養した。培養3日後に、どこから新しい軸索が再生してくるかを調べた。軸索は66%の細胞で元の樹状突起の先端から再生していた。その場合、樹状突起が軸索に変換していた。軸索再生の始まる時間を各細胞について測定すると、樹状突起の先端からの軸索再生は、細胞体から軸索が再生するときよりも5時間ほど遅かった。軸索が伸長するためには効率のよい膜輸送経路が必要であり、そのためには微小管の長さ、向き、微小管結合蛋白などが再配置されなければならない。約5時間という所要時間は、細胞骨格成分の輸送、いわゆる遅い順行輸送のスピードから計算して合致する。 以上2つの極性逆転現象が、細胞極性の形成機構に重要なステップや分子を探し出すのに有用な系となることを期待している。
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