培養細胞や動物実験においてアンジオテンシンII(AII)は心血管系の細胞に作用し主に一型受容体(AT1)を介して細胞肥大や増殖因子、細胞外マトリックスの産生を誘導するなどの報告がなされている。AIIがAT1を介して発現を制御する遺伝子に関しては既に論文があるが、どのような転写因子が活性化され遺伝子の発現を制御するかについての包括的な検討は未だなされていない。本研究の目的は、AIIが活性化する転写因子がどのような組み合わせによって遺伝子発現を制御するのかを検討し、転写因子の協調的な遺伝子発現制御(これを転写因子ネットワークと呼ぶこととした)の機序をあきらかにすることである。さらに転写因子を用いた心血管病の遺伝子治療の可能性を検討する。 (1)AIIによる遺伝子発現のプロファイリングと優勢抑制型変異CREBの影響。 ヒト培養平滑筋細胞や培養心筋細胞の定常状態における遺伝子発現プロファイルとAII刺激時のプロファイルをDNAアレイを用いて決定する。約3400個の遺伝子発現を検討したところ約7%に相当する220個の遺伝子発現の増加を認めた(2.4倍以上)。 アデノウイルスベクターを用いてcAMP response element binding protein(CREB)と呼ばれる転写因子の優勢抑制型変異体をあらかじめ過剰発現した細胞をAIIで刺激したところ、誘導された遺伝子発現のうち40%の遺伝子発現が有意に抑制された。 (2)優勢抑制型変異CREBのAIIによる増殖等への影響。 CREBの優勢抑制型変異はAIIによる培養平滑筋細胞[^3H]-Leucineの取込みを有意に抑制した。またこの分子をラット頸動脈バルーン傷害モデルに導入したところ新生内膜の形成が約30%抑制された。 CREBはAIIによる平滑筋細胞の増殖に関与する遺伝子を制御する転写因子と考えられた。
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