長年日本における食中毒原因のトップを占めている腸炎ビブリオは、日本の研究者により発見された唯一の食中毒原因菌である。一般に細菌のゲノムは1つの環状染色体よりなると考えられているが、我々は腸炎ビブリオのゲノムが2つの環状染色体よりなることを明らかにした。本研究では、このようなユニークなゲノム構造を有する腸炎ビブリオがいかにして2つの染色体をもつようになったかについて、系統学的に近縁の細菌とゲノム構造を比較することにより解析を行った。 腸炎ビブリオのゲノムプロジェクトの進展(2002年2月現在でほぼ完了)にともない、すでに全ゲノム配列が報告されているコレラ菌と腸炎ビブリオとの間でのゲノム構造の詳細な比較が可能となった。その結果、コレラ菌と腸炎ビブリオのゲノムにおいて保存されている構造とともに相違のみられる構造が明らかとなった。特に小さい方の染色体に関しては、腸炎ビブリオの小染色体はコレラ菌の倍近くも大きいが、この領域にどのような遺伝子が存在しているのかを明らかにすることができた。また、コレラ菌と腸炎ビブリオの染色体上のオーソログの比較の結果、両者の染色体では過去に頻繁に大規模なrearrangementが起こったことが考えられた。 さらに、ビブリオ属菌やその近縁種計30種についてゲノム構造の解析を行った結果、2つの環状染色体からなるゲノム構造がビブリオ属菌全体に共通の構造であることが明らかになった。 ビブリオ属菌のゲノム構造についての解析をこれだけの菌種についてextensiveに行っている研究は世界的にも他に例がない。また現在進行中の腸炎ビブリオのゲノムプロジェクトからの知見をリアルタイムで活用しながら研究を行えたのは、本研究の大きな強味である。
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