研究概要 |
人間は不確実に変化する環境の中であっても情報を有効に利用し適切に行動することができる.このような柔軟な思考能力は老化とともに衰えて次第に紋切り型の対応に陥りがちになる.思考の柔軟性を生み出す機構の解明は脳の老化の機構を明らかにする上で重要な研究課題のひとつである.不確実に変化する環境での思考を定式化したものにShannonの情報理論がある.この理論は環境の変化が確率過程として記述できるときに人間が情報と考えるものを情報エントロピーという指標として定式化したものである.情報エントロピーで人間の情報概念が説明できるなら脳内のどこかでこれに相当する量が計算されているはずである.本研究は確率値から情報エントロピーを計算する脳内機構を神経回路モデルとサルの神経活動計測によって明らかにする初めての試みである. 12年度にはまず,確率的に変化する感覚刺激を用いた心理物理実験を行った.すなわち,注視点の左右どちらかに提示される目標点へのサッカード眼球運動は提示確率の高い側への反応時間が短いという予測効果がある.この効果がサッカード開始時刻の遅延によって小さくなることを示した.13年度は,この実験データを線形神経回路モデルを用いて解析し次の3つのことを示した.(1)この予測効果が2つの平行する神経路,すなわち予測準備経路と運動起動経路とから成ること,(2)これらの経路はそれぞれ眼球から前頭前野を経て上丘に到る経路と眼球から直接上丘に到る経路であること,(3)2つの経路の合流点である上丘には目標点提示直後から活動を上昇し始める神経細胞とサッカード開始信号直後から活動を上昇し始める神経細胞とが混在することである.
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