研究概要 |
頭部運動時に生じる網膜上の視覚画像の"ずれ"を補償する前庭動眼反射(VOR)は,成長や老化等に伴う効果器(眼球筋系)の特性変化や左右逆転プリズム等により実験的に作り出される前庭-視覚情報の競合に対し,コントローラーの特性を適応的に変化させる適応制御系として捕えられる。霊長類では,小脳"flocculus(FL)を破壊するとVORの適応が生じなくなることから,FLがこの適応に深く関与しているものと考えられる。これまで,Ito(1982)は長期抑制(LTD)を基礎過程としたVOR適応の学習メカニズムを提案した(Flocculus Hypothesis)。しかしながら,VORに関わる神経回路網はマルチモーダルな感覚情報(前庭,視覚,efference copy信号)を統合し運動司令を生成する並列・多段の情報処理過程からなるフィードバック制御系であり,VOR適応におけるFLの役割や記憶の座を特定することは容易ではない。その結果,FL Hypothesisに反する結果も提出されている。本研究では,こうしたVOR適応における小脳の役割を,制御・情報論的観点から明らかにすることを目的とした。 まず、生理・解剖学的知見を忠実=反映させたVORシステムの数理モデルを定式化し、システム同定理論に基づきVOR適応の座を特定するための生理実験をデザインした。この実験はサルのVOR適応の前・中・後に視覚-前庭競合刺激中の小脳FL Purkinje細胞の応答を記録するものである。次にこの実験を実施し,VORゲイン0.4から1.5の範囲で53個のPurkinje細胞の応答を記録した(実験は海外共同研究者(S.M.Highstein Washington Univ. School of Med.)のもとで実施した)。このデータに考案したシステム同定手法を適用した結果、VOR適応が小脳FLを含むサブシステムと含まないサブシステム(前庭神経核)の2箇所で生じていることが示された。また、後者の変化はVOR適応を促す方向であったのに対し、前者は抑制するものであった。現在、同定された数理モデルを計算機上に実装し、VOR適応における小脳ならびに前庭神経核の役割を明らかにするためのシミュレーション解析を進めている。
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