研究概要 |
Polκは最近新たに見つかった損傷バイパス型DNAポリメラーゼの一つである。Polκは紫外線照射によって生じたDNA損傷などをバイパスすることはできないが、肺がんなどの原因物質と考えられているベンゾピレンがグアニンのN2の位置に付加したような損傷の向側に単独で相補的なシトシンを挿入して比較的効率良くバイパスすることができる。ベンゾピレンは低頻度でアデニンのN6の位置に付加したような損傷を作るが、この場合にはPolκはその向側にどの塩基も挿入できず、Polκと類縁のPolιはチミンを挿入してそこで反応を停止する。Polκが共存すると、その後の伸長反応はある程度促進される。Polκの生理的機能を明らかにするために、それをコードするPolk遺伝子が欠損したマウス個体やES細胞株を作製した。Polk遺伝子欠損ES細胞株はベンゾピレンに対して感受性となり、ベンゾピレン処理による突然変異の発生率は10倍ほど上昇することが明らかになった。ベンゾピレン処理によって生じる突然変異は野生型ではG-T, A-G変異がほぼ等しい割合で見つかるのに対して、Polk欠損ES細胞株ではG-T変異が他に比べて圧倒的に多くなり、70%を占めた。こうして、Polκが細胞内においてベンゾピレンによるDNA損傷のバイパス合成に関わるという確かな実験的証拠が得られた。 免疫細胞においては抗体遺伝子の可変領域の特定の部位で突然変異が高頻度に誘発され、結果として抗原との親和性を増大することが知られている。Polk欠損マウスにおいてこのような免疫系における突然変異の発生頻度には有意な欠陥は見出されなかった。
|