これまで我々は、内分泌療法が効かない抵抗性の前立腺がんの治療法の一つとして分化誘導療法の基礎的検討を試み、ヒト前立腺がん細胞TSU-Pr1をホルボールエステルのTPAによりミクログリア様細胞に、スタウロスポリンにより神経様細胞に分化誘導することに成功した。本研究では、これら分化誘導に関わるシグナル伝達経路や分子について解析を進めた。その結果、PKCあるいはMAPK阻害剤との同時処理により、TPAによる分化誘導が抑制されることが明らかとなった。次に、TPA処理後の各PKCの細胞内での局在をウェスタンブロット法で調べ活性変動を検討した。その結果、PKC α、γ、εについて、TPA処理5分後に、細胞質から細胞膜への移行が検出され、これらのPKCアイソザイムが活性化していることが示唆された。また、TPA処理によるMAPK経路の活性化も確認した。さらにPKC、MAPK経路の下流遺伝子の一つであるp21遺伝子がTPA処理で誘導され、PKCあるいはMAPK阻害剤との同時処理によりその誘導が抑制されることを明らかにした。また、p21遺伝子を過剰発現させたTSU-Pr1細胞では、増殖抑制、TPA処理時と同様の形態変化、エステラーゼ活性の上昇等が検出された。以上の結果より、TPAによるTSU-Pr1細胞での分化誘導は、p21遺伝子が非常に重要な役割を果たしていることが示された。また、ディファレンシャルディスプレイ法によりこの分化誘導過程で発現変動を示す6種の遺伝子を同定した。一方、スタウロスポリンの系では、関与するシグナル伝達経路を同定することはできなかったが、分化誘導過程での増殖抑制が、CDK inhibitorであるp21、p27のCDK2への結合量増加によるkinase活性の抑制によって起きている可能性を示した。
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