本研究では、単色化シンクロトロン放射光および超励起状態のダイナミクスという方法論と知見にもとづきこれを発展させることにより、気相原子物理学と湿潤生態系という相異なる二つの視点を総合し、溶液環境にある分子の放射線損傷・修復に現れる内殻超励起状態のエネルギー的・溶媒和的構造を明らかにするための新しい分光学的手法を開拓し、これを生体分子あるいは種々の溶質分子を含む水溶液系に適用して研究することを目的としている。特に水溶液中の分子の運動性や水和結合のネットワークにより生じた特定構造が照射効果に与える影響という観点から真空中への液体分子線を発生し、それを西播磨SPring-8における高輝度軟X線シンクロトロン放射光を用いた光電子分光という先端的な分光分析を適用することにより、放射線照射後の溶液構造の緩和過程を研究するものである。 本年度は上記の液体分子線発生技術とそれに対する光電子分光法を開発し性能評価を行うことを目的とした。装置はいずれも新規作成であるが液体分子線のプロトタイプ技術にもとづく液体分子線発生装置の設計・製作と電子分光器の詳細決定による製作を行い、これらを差動排気型超高真空装置に収めた液体分子線光電子分光装置を製作した。特に、高排気能率を要する液体試料の真空実験と高分解能電子分光実現を両立させるために排気機構の新規構築を含めて製作を行った。この装置について下記の点から性能評価を試みた。 1)液体分子線の発生条件の決定2)分子線温度の測定方法の確立 3)光電子分光法についての測定可能範囲と分解能の評価 これらは計算機シミュレーションによる動作確認と最適化パラメーターの決定により行ったが、実機の立ち上げとともにそのシミュレーション結果の妥当性について確認を行っているところである。実機の性能評価には農工大にて電子ビーム衝突により行っているが、実地の放射光励起実験による評価確認が必要であるため、間もなく装置をSPring-8に運搬し放射光実験による予備データ取得を開始する予定である。 以上、本年度の研究はいずれも計画通り遅滞なく遂行できた。
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