研究概要 |
現代型ホモサピエンスの拡散を明らかにする上で世界各地の人類集団の遺伝的特性を知ることは不可欠である。しかし,過去に生じた集団の移動や拡散・古代人類集団間の遺伝的混合を無視して現代人類集団間の遺伝的類縁関係を古代人類集団へと単純に展開することは出来ない。現代人のデータから古代を類推するのではなく,『過去』を直接分析する必然がある。 本研究では、約2000年前の中米メキシコ・テオティワカン遺跡について、祭祀の中心部周辺の一般家屋の埋葬墓から出土した古人骨、月のピラミッドならびに羽毛の生えた蛇神殿から出土した古人骨のDNA分析をおこない、テオティワカン一般集団、月のピラミッドならびに羽毛の生えた蛇神殿それぞれに埋葬された生け贄集団、計3つの人類集団の遺伝的多様性を明らかにした。分析は(1)古人骨試料からのDNAの抽出と精製、(2)PCR法による精製DNAの増幅、(3)増幅したDNAをもちいたダイデオキシ法による塩基配列の決定、をおこない、得られた塩基配列を基に集団の遺伝的多様性を求めた。比較分析したDNA領域は、高度の遺伝的多様性を有し、世界中の多くの現生ならびに古代人類集団に関するデータが既に得られているために本研究の目的に最も適した、ミトコンドリアDNAのDループ領域である。テオティワカン遺跡の一般人類集団の遺伝的多様性を現代のネイティブアメリカン集団(北米3集団、中米3集団、南米4集団)と比較したところ、予想とは異なり、現代の中米ネイティブアメリカン集団とではなく、現代の南米ネイティブアメリカン集団と最も近縁な関係を示していた。また、ミトコンドリアDNAタイプの多様性は現代よりも古代のネイティブアメリカンで高かった。これらの結果は、中米ネイティブアメリカン集団の遺伝的構成が、集団の構成員だけではなく、地域的な集団の構成そのものも、コロンブス以降に劇的に変化したことを示唆した。
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