研究概要 |
アルツハイマー病(ア病)は痴呆性疾患の半数を占める、高齢化社会において重大な疾患の一つであるが、根治療法は存在しない。我々はア病侵害刺激による細胞死を抑制する24残基のペプチド、ヒューマニン(HN)を世界で最初に発見し、2001年報告した。今回、HNのア病に対する強力かつ特異的な神経保護作用機序の詳細を検討した。最初に、HNの一次構造と機能連関の詳細として、1)Pro3-Pro19までが活性中心である、2)そのうち、Pro3,Cys8,Leu9,Leu12,Thr13,Ser14,Pro19が必須である、3)Arg4,Phe6のいずれもAlaに置換して、トリプシン、キモトリプシン切断部位が消失すると3-10倍活性が上昇する、4)Ser7,Leu9はHNの2量体化に必須である、5)2量体化がHN活性化に必須である、6)HNのSer14がL体からD体に変換されると1000倍活性が上昇する、7)HNは分泌蛋白であり、Leu9-Leu11,Pro19-Val20は分泌に必須である、ことを明らかにした。次に、分泌されたHNが神経細胞膜上の受容体に結合して神経細胞死を抑制すること、また、HNはIGF-1,ADNFなどとともに抗Abeta作用を持つが、全てのア病侵害刺激による神経細胞死を抑制できるのは唯一HNのみであることを報告した。さらにHN結合分子の解析から、Ring fingerドメインを持つTrim11と結合してユビキチン・プロテアソーム蛋白分解系を介して発現量が制御されること、IGFBP3と結合して血中を輸送されることを示した。HNは3週齢マウスで睾丸と大腸、12週齢マウスで、睾丸に発現する。また、ヒト正常大脳では発現が弱いが、ア病後頭葉神経細胞や大脳全域のグリア細胞に発現がみられる。最後に、HNのSer14のD体化で生じる活性の上昇にグリア細胞に発現するセリンラセメースが関与する可能性を示した。以上の一連の研究により、HNは生体内で、精巧に調節されているア病特異的な細胞死抑制因子であることが明らかとなった。今後は、HNの臨床応用に向けて、その受容体同定とともに、in vivoにおいてのア病治療薬としてのHNの有効性検討実験が待たれる。
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