麻酔科領域で用いられている薬物の薬理作用において、遺伝子発現の変化が果たす役割について検討することを目標として研究を行い、以下の知見を得た。 視床下部-下垂体-副腎皮質系は生体のストレス反応において中心的な役割を果たしている。下垂体前葉由来培養細胞にプロオピオメラノコルチン(POMC)のプロモーターとluciferase遺伝子を連結したDNAを導入した細胞株を用いて、各種薬物によるPOMC発現調節を検討した。Diazepamとmidazolamはホスホジエステラーゼ阻害により細胞内サイクリックAMP量を上昇させ、POMC発現を促進することが明らかになった。この作用はbenzodiazepine受容体拮抗薬による影響を受けなかった。局所麻酔薬(lidocaineなど)は、corticotropin-releasing factor(CRF)によるPOMC発現誘導を増強した。Caチャネル拮抗薬nifedipineは、KClによる脱分極刺激で誘導されるPOMC発現を抑制したが、CRFによるPOMC発現誘導は増強され、この作用は細胞内サイクリックAMP量の上昇によることが示唆された。以上の結果は、麻酔薬を含む周術期使用薬物が、遺伝子発現の調節を通じて生体のストレス応答を修飾する可能性を示したものである。今後は他の薬物についての検討を進めるとともに、生体レベルでの解析を行う必要があると思われた。 p38 mitogen-activated protein kinaseは、サイトカインによって誘発される遺伝子発現を含む細胞応答において重要な役割を果たしている。p38に対する揮発性吸入麻酔薬ハロタンとイソフルランの作用を検討した。これらの麻酔薬はlipopolysaccharideによるp38活性化を増強するが、IL-1によるp38活性化には影響を及ぼさないことが明らかになった。
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