1頭のチンパンジーで、1)音響刺激による環境のカテゴリカルな理解、2)音声による個体識別の実験を行った。課題は聴覚-視覚見本合わせである。前者ではもの(人工物)の音や動物の鳴き声を見本刺激として聞かせ、ものや動物の写真をテスト刺激として、タッチパネルつきのモニターに提示し、選択を求めた。写真の一方は見本刺激の音響刺激に一致しており、それを選択することが正解である。親近性も併せて操作した。親近性の高いものや動物に関係する音響刺激は容易に理解したが、低い対象は訓練が必要だった。また、ものや動物のカテゴリー内とものと動物のカテゴリー間のエラーの出現頻度を調べた結果、カテゴリー間のほうがエラーが多く出現した。このことはチンパンジーが音響刺激により、環境をカテゴリカルに理解している可能性を示唆する。 音声による個体識別は、これまで十分に検討されてこなかった。むしろ研究は音声の個体性に向けられた。その結果、pant hootのclimaxは個体性が大きいこと、pant gruntやscreamでは個体性が見いだしにくいことことが明らかになった。しかしながら、音声と顔写真による本研究は全く異なる結果を示した。Pant hoot、pant grunt、screamのいずれの音声でも、チンパンジーは極めて容易に個体を識別した。Pant hootのclimaxは不要であった。今年度録音した声でも、7年前に記録した音声でも結果は同じだった。また、複数個体によるpant hootでも、各参加者を同定できた。なお、自分の音声で自分の写真を選択したが、これは自分の音声を理解しているのではなく、exclusionによることが分かった。なお、ピッチの操作と1kHzを境界としたフィルターで、低周波、高周波成分の重要性を検討したが、ピッチ操作が大きな影響を与えたのに対し、後者はそれほど強い影響をもたなかった。この他に、チンパンジー母子間に音声交互作用が確認された。
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