音声ならびに聴覚認知に関して、チンパンジーは音声のみで個体識別が可能であることを、世界に先駆けて、明確な形で示すことができた。聴覚-視覚のマッチングの形成が非常に難しいため、音声の個体性を明らかにする研究があったが、その個体性を個体識別に利用しているかは不明だった。加えて、個体性はpant hootという音声のみでみられており、その他の音声ではみいだされていなかった。今回の個体識別の結果はpant hootだけでなく、pant gruntやscreamでも可能だった。というわけで、研究者はチンパンジーの音声による個体識別能力を低く見積もっていたことになる。なお、音声のピッチの移動や、1kHzを境としたフィルターで周波数成分の役割を検討したが、ピッチは重要な要素だった。2頭が同時にpant hootをだしたとき、その各個体を識別可能だった。その他、音声-表情のマッチングが可能なこと、幼児の音声による個体識別では、自分の子供のみ識別可能なことがあきらかになった。 音声発達に関しては、前回はヒト、今回は母親が育てたが、両者の音声発達に差はなく、生後55日齢あたりで、誘発性の音声のスパートがみられた。母子間の音声交換を朝夕2回観察したが、3組の母子のうち、1組(Pan-Pal)のみでみられた。この母親は幼児期に音声をだす訓練を受けた個体である。交換は夕食後に1回/10分程度の頻度でみられた。幼児の悲鳴に対する母親の音声は、一般に優位個体に向けられるpant gruntに類似するが、きわめてソフトな音声だった。 その他、言語の理解を名前による個体識別で検討したが、困難だった。彼らの音声による個体識別と対照的な結果となった。音のワーキングメモリではdecayが早いことを明らかにした。
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