研究概要 |
印欧系楔形文宇言語のヒッタイト語の他動詞構文には、-anza語尾中性主・対格形に能格的特徴が確認される:nu-at witenanza parkunuzi「 彼はそれを(-at:対格)水で(witenanza:奪格)清める」>「それは(-at:主格)水で(witenanza:能格)清まる=水がそれを清める」。つまり、同構文では、代名詞対格標示(-at)が自動詞構文で主語の格標示と同一形であり、行為者を示す主語の格標示(能格)が具格的奪格(witenanza)で表示される。また、エマル等の周辺アッカド語(Peripheral Akkadian)にも同様の能格現象が見られる:a+ltapar-sunu私が(a-)彼らに(-sunu)送った(ltapar)」>「私が彼らにより受けた=彼らが私に送った」。このような能格的な構文は印欧語やセム語の祖語からの継承ではなく、他の言語との接触による新規の形成である。古代オリエント地域には非印欧語系の能格型言語であるフルリ語(能格語尾-s,複数-susu;絶対格語尾-0)の基層的な影響を考慮すれば、同地域における広範な言語的接触の可能性が首肯される。また、ヒッタイト語閉鎖音のtense:laxの対立も、語頭と語末のシングル表記における有声:無声対立の表記上の消失、逆に語中の母音間子音のダブル表記における無声音の表出(-VCCV-)が提示される。同表現形式は同様にアッカド語においても散見される:gaP-Pa「すべて」,iT-Tu-ru「彼らは退却した」:a-Ba-su「彼の父」,mu-Du「死」等。これらの表記も古アッカド語からフルリを介した楔形文宇体系の接触導入と無縁ではない。この指摘に関しては、池田が平成13年11月にシリア・アラブ共和国に出張し、同地のアレッポ博物館でアッカド語表記の粘土板文書の文献調査を行い、同地域の言語との接触に関する重要なデータを入手してきた。以上の研究については、大城が主宰する西アジア言語研究会(第8回:平成13年12月1日:京産大)で研究成果の一部を発表している。
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