研究概要 |
古代オリエントの楔形文字間の言語接触は多岐にわたる。語彙面では、ヒッタイト文書に散見される斜字文字附与の大半の語彙が、-i語幹、-(a)ssa/i-,-hi(t)-等のルウィ系形成辞や-wi,-ti,-nti等のルウィ系動詞語尾形の典型的な特徴を有しており、同文書中の来源不明語彙をルウィ語として明示した可能性が高く、ヒッタイトとルウィ間の緊密な言語接触の実態が確認された。この相互影響は、ヒッタイト王国内のヒッタイト楔形文字文書と、ルウィ象形文字刻文の両文字資料の存在、ルウィ系の王統の王名、ルウィ語表記の象形文字資料の存在からも理解される。 後接要素-maのなかで、シュメール語-maは活用接頭辞の一種であることから、他の2言語とは機能的な照応は一致しない。シュメール語とアッカド語-maの対応例として指摘される用例はむしろアッカド語からシュメール語に借用された別種の接続詞要素-maとみなされる。一方、アッカド語とヒッタイト語の-maは、機能的な類似性を持つことから、両言語間の直接的な影響の結果ではないが、両言語間にみられる何らかの機能上の類似様式として相互の依存関係なく確立したものであり、特に、同形式はフルリ語の-maとの関係が看取される。 また、セム系の楔形文字言語のエマル語とアッカド語の相互影響の表記法にも同地域の楔形文字成立へのフルリの介入が推知される。さらに、シュメール・アッカド・ヒッタイト・フルリの各楔形文字における-(C)VCi-CiV(C)-の子音重ね書きとその成立については、これらの言語間接触が、(1)シュメール語とアッカド語、(2)アッカド語とフルリ語、(3)フルリ語とヒッタイト語の順序で生起した。フルリの影響の増大化は、後期ヒッタイト王国におけるフルリ系王統の王による法律編纂文書の条文改定とも非常に密接に関係していることも明らかになった。
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