研究概要 |
最終年度である本年度は,電子スピンというミクロなプローブを活用するととにより,二次元有機半導体(BEDT-TTF) (ClMeTCNQ)の中性-イオン性相転移近傍における電子相の競合過程に関する理解を大きく進展させた.この系におけるスピンの起源は,分子がイオン化したときに生じるラジカルスピンであり,スピン磁化率の測定によってイオン性相やイオン性ドメインの変化の様子を調べることができる.中性-イオン性相境界を示す年圧力-温度相図にもとづいた,各圧力下における磁化率の温度依存性の測定から,相境界を横切る際に,転移がどのように進行するのかを詳細に調べた.実験の結果,いずれの圧力においても,磁化率は転移の際に大きな異常を示すことなく,数+Kにわたるブロードなピーク構造を示すことが明らかになった.低温側のイオン性相の磁化率は熱活性的であり,スピンパイエルス的な格子二量化を示唆する中性子回折の実験結果を支持している.観測されたブロードなピークは,相転移が一次転移的なものではなく,転移前後で,中性相とイオン性相の割合が温度とともに連続的に変化していくことに示唆している.得られたピーク構造についてさらに議論するため,イオン性相の解析から求めた1100kのスピンパイエルスギャップを仮定し,そのギャップを有するイオン性ドメインの割合が,転移とともに変化するとの仮定にもとづくモデル解析を行った.その結果,ブロードなピーク構造が二相の熱揺らぎを仮定した経験式とよい一致を示すこと,また,転移の完了に要する温度幅が転移温度に比例することが明らかになった.これらの結果は,イオン性ドメイン(液滴)が,転移温度よりかなり高温の中性相内においても熱揺らぎによって保持され続けることを示している.これらの特異な転移挙動が,磁化率が室温で圧力印加とともに指数関数的に増大していく原因となっていることが明らかになった.
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