金属中の超多量空孔-水素クラスターの生成機構については、その生成エネルギーが小さい場合は高水素圧下で容易に安定構造に到達するのに対して、生成エネルギーが大きい場合はある水素濃度以上でエントロピー効果が平衡濃度の決定要因となるという実験結果が得られて、その理論的根拠が明らかにされた。これによって水素誘起空孔の重要課題の一つが解決されたことになる。 また、超多量空孔生成がもたらす金属原子拡散の促進効果については、Nb-H系での広い温度領域にわたる実験からその全容が明らかにされた。 空孔にトラップされた水素の量子状態に関しては、Nb-H合金の空孔内でcage motionをしているプロトンのNMR信号が低温で観測され、その温度依存性からトンネル過程によるものと結論された。当初の計画にあった米国での中性子散乱実験は装置改造のために予定が遅れ、漸く準備が整ったところである。 V中H、Dの応力誘起状態変化をチャンネリングと断熱カロリメトリーを用いて調べた結果、T→4Tの状態変化が起こる応力値はHよりDの方が高くなっていた。これはH(D)水素原子間の相互作用を解明する上で重要である。極めて小さな応力で惹き起される水素の状態変化の機構は依然として謎である。 また、中性子コンプトン散乱の異常をもたらす原因として提案されていた固体中での水素原子間の量子絡み合いについては、従来の解釈の一部に基本的な誤りのあることが明らかにされた。このような超短時間(〜10^<-15>s)での原子核や電子の量子状態をいかに記述すべきかは今後の重要な問題である。 本研究は、所期の目標であった空孔-水素クラスターの量子状態の解明を十分に果たせたとは言えないが、その理解に近づくための一歩を着実に進めたものと言える。
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