20世紀の科学技術はまだ量子論応用の重要な部分をやり残しており、その最後の聖域は物質波の位相を制御することにあると言われている。物質波の量子位相を操作するために有望な戦略の一つとして、光を用いて発生させた物質波に波としての光の位相を記憶させる方法が考えられる。例えば、二原子分子に核の振動周期よりも短い光のパルスを照射すると、「波束」と呼ばれる原子波が結合軸上を行ったり来たりするような状態を造り出す事ができる。波束の発生に際して、数フェムト秒からアト秒のサイクルで振動する光電場の初期位相として分子内に保存されるので、光学サイクルを凌駕する精度で光の位相を操作すれば波束の位相を操作することができる。我々は最近、この考えに基づき、フェムト秒の壁を大きく突き破り、10アト秒以下の精度で波束の量子位相を操作する技術を開発する事に成功した。さらにこの技術を用いて、熱的なアンサンブル中に置かれた分子内に発生した2個の振動核波束の量子干渉をほぼ100%の変調強度で完全制御することに成功した。これは物質波の100%完全干渉が観測された初めての例であり、物質の粒子性を完全排除して純粋な波として観測した唯一の例であると言える。また、量子論的な非局所性に起因する超多粒子系の純粋状態を実証した大変興味深い現象である。さらに我々は、この量子位相操作技術を用いて、単一分子内に一対の振動固有状態から成るキュビットを形成するとともに、このキュビットに対して回転量子ゲート操作を行うことに成功した。この成果をもとに、次年度において多キュービット化と制御NOTゲートの確立を目指すことによって、単一分子を媒体とした50キュビット以上の大規模量子コンピューターの基礎を築きたい。
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