研究概要 |
紅色光合成細菌中に存在する光受容性蛋白質:Photoactive Yellow Protein(PYP)は、可視光を吸収すると、フェムト秒〜サブ秒の時間領域で段階的に複数の中間体を経てもとの初期状態に戻る「光反応サイクル」を示す。我々は、光カーシャッターを用いたフェムト秒時間分解蛍光分光法によって、室温・溶液状態におけるPYPの光反応サイクル初期過程を詳細に測定し、その全体像(時間-周波数マップ)を初めて明らかにした。蛍光スペクトルの幅が、励起後の時間発展とともに減少する様子、さらに、蛍光スペクトルの中心波長・強度が、数百フェムト秒の振動周期で数ピコ秒間振動する様子が明瞭に観測された。これらの結果から、光励起初期過程の発色団は、蛋白質によって孤立化され、電子励起状態でのエネルギー散逸が最小限に抑えられているのではないかと予想される。 さらに、PYPの光反応サイクルにおいて機能発現に関与するとされているM中間体での定常蛍光分光およびサブナノ秒時間分解蛍光分光により、光反応サイクルの初期状態とM中間状態で、スペクトル幅・ストークスシフト・蛍光寿命等が大きく変化していることを明らかにした。これは、初期状態に比べてM中間状態がよりエネルギー散逸的な系であること、あるいはより大きな不均一性が存在することを示唆するものであり、発色団を取り囲む蛋白質の構造ゆらぎや振動が光反応サイクルに伴う構造変化とともにダイナミックに変化していると考えられる。 また、蛋白質の構造ゆらぎを誘電強度と位相として定量的に評価するために、以下のような反射型THz分光装置を構築した。テラヘルツ発振/検出素子には、GaAs基板(キャリア寿命0.30ps)に金でアンテナパターンを蒸着したものを用いた。アンテナ間のギャップは5μmである。フェムト秒チタンサファイアレーザー(MaiTai, SpectraPhysics)の基本波を励起光として使用した。発振素子には±20Vの電圧を2kHzで変調して加え、検出素子からの出力は電流増幅器で増幅した後ロックインで検出した。発振側のアンテナにbowtie、検出側にdipoleを用いて、発振側励起光を30mW、検出側励起光を16.7mWにしたところ、ピーク電流値で約50nA程度の出力が得られた。測定には厚さ4mmの高抵抗シリコン板を窓材としたフローセルを用い、水蒸気の影響を避けるために光学系全体をドライボックスに入れて乾燥空気を流しながら測定するようにした。エタノールやメタノール水溶液の全濃度範囲に渡る反射スペクトルの測定を行い、濃度に応じて連続的に反射強度と位相が変化するという結果を得ている。測定範囲は、300GHz付近をピークとして,約1THzまでである。現在、対象を蛋白質へと展開し、光反応サイクルにおける初期状態および中間状態でのTHz分光測定を進めている。さらに、光反応サイクルをスタートさせる光トリガーパルスおよび上記の時間分解蛍光分光・反射型THz分光の同期をはかり、初期状態および中間状態でのダイナミクスをより定量的に評価するための準備を現在進めている。
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