本研究では、芳香族カルボニル分子に焦点を絞りその励起三重項分子の振電構造を解析して、それぞれの分子に特有な励起分子ダイナミクス、特に項間交差過程について明らかにした。三重項状態の分子は寿命が非常に長いりん光を発する。そこで、超音速ジェット中で高感度にりん光を観測するレーザー分光システムを開発し、種々の分子で高分解能りん光励起スペクトルを観測した。典型的な分子はベンズアルデヒドであり、広い波長範囲にわたって正確なスペクトルを観測し、最低励起三重項状態T_1(nπ^*)、および第一、第二励起一重項状態(S_1、S_1)の振動構造を明らかにした。これについては量子化学的な分子軌道計算を行ない、その結果を基に励起状態の振動準位を帰属同定した。S_1はnπ^*状態、S_1はππ^*状態であり、どちらも三重項状態と強く結合して速い項間交差を起こす。その結果、励起一重項状態からのけい光はほとんど見られず、三重項状態からの強いりん光が観測される。また、その重水素化合物についても振電構造に解析を行ない、重水素によって項間交差の速度はあまり変化しないことを見出した。その窒素置換化合物であるピリジンカルボキシアルデヒドについては、2つのnπ^*状態を新たに観測し、低エネルギーでは項間交差が抑制されるが、高エネルギー領域では逆に促進されることが明らかになった。さらに原子数が増加して分子が大きくなると、準位の数も増加して光化学過程は促進されることが予測されるが、ベンズアルデヒドに脂肪族環を付加した1-インダノン、1-テトラロンでは項間交差はさほと速くなかった。しかし、もう一つベンゼン環を付加したキサントン分子ではそれが著しく速くなることがわかった。このように、本研究で芳香族カルボニル分子の三重項分子の性質は分子それぞれに特有で多様的であることが明らかになった。その原因をさらに追求し、化学反応への応用に展開していかなければならない。
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