本研究では、原子の層間移動(原子がステップエッジを乗り越えて一つ下の原子層へ移動する過程)が薄膜成長に与える影響について調べた。ステップ方位によりステップエッジバリア(原子が層間移動する際のエネルギー障壁)が異なる可能性が最近の研究で指摘されているが、このことは二次元核の形状を制御することでステップエッジの方位をコントロールし、膜の三次元構造(表面粗さ等)を制御できることを示唆している。したがって、成長中の原子の層間移動について詳細に調べることは、膜構造の制御手法の指針を得るために非常に重要となる。 ここでは、これまで電界イオン顕微鏡(FIM)により表面拡散等の結晶成長中の素過程がよく観察されているPt(111)上のPt原子、Ir(111)上のIr原子をモデルとして、膜の表面粗さに影響する層間物質移動のシミュレーションを行った。Pt(111)やIr(111)上の二次元核の表面上ではステップエッジの内側にもエネルギー障壁が存在し、原子を核の上に閉じ込める働きをしている。シミュレーションの結果、この内側の障壁により層間移動の頻度がかなり減少することが明らかとなり、結晶成長に大きく影響していることがわかった。 また、フレキシブルディスプレイ用の薄膜トランジスタ材料として期待されているペンタセン分子の薄膜成長についても調べた。表面粗さの成膜温度依存性を調べたところ、基板温度を上げるに従って、層間移動が活発になり-50℃付近までは表面ラフネスが減少するが、これ以後は増加することがわかった。これは従来の金属、半導体では見られない現象である。核生成密度の基板温度依存性を詳細に調べた結果、ラフネスの増加はペンタセン分子のダイマー(2分子のクラスター)の解離に起因していることが明らかになった。 本研究の結果、膜構造に対する層間移動の重要性が明らかとなり、始めに指摘したように二次元核の形を制御することで膜構造を制御できることが示唆される。アイランドの形を決めているのは、ステップエッジに沿った拡散(エッジ拡散)であり、今後、エッジ拡散を調べることが重要であると考えている。
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