鋼の疲労特性が環境の影響を受け、それに水素が関与していることはよく知られているが、その機構解明と対策が課題である。本研究の目的はわれわれが提案している新しい鋼の水素脆性機構、水素による塑性変形における原子空孔生成の助長とその凝集による破壊抵抗の低下、に基づき、とくに環境変動による水素脆性の増大を調べることである。本研究ではまず疲労のいろいろな段階にある高強度鋼について、生成した欠陥を水素をプローブとして検出し、疲労損傷に原子空孔の生成があること、欠陥と水素との相互作用によって疲労特性の劣化と、逆に水素脆化感受性が増大することを実証した。そして、遅れ破壊試験において負荷荷重及び水素ポテンシャルの変動によって早期に破断するとともに、荷重と水素ポテンシャル変動の相乗効果があること、また、200℃程度の低い温度で焼きなます回復処理によって疲労寿命が改善されることを実証した。また、最近注目されている口腔内での歯科矯正材料についても同様な観点から水素脆性が起きることを明らかにした。さらに、提案している水素脆性機構モデルの中核となっている原子空孔密度の増加とその凝集を実証するために、今までの水素昇温分析とともに、集束イオンビーム加工法によって電子顕微鏡観察試料を作製し、破面近傍の変形組織の観察から局所的な非晶質化を伴ってき裂が進展すること、さらに水素マイクロプリント法によって水素をトラップする欠陥の局所分布を観察した。また、試料表面の原子配列状態をナノスケールで観察するために、動的な電子線回折法が有用であることを確認した。
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