研究概要 |
我々は、神経幹細胞の増殖や分化に関与するオートクライン/パラクライン因子を単離する目的で、まず神経幹細胞をソースとしたcDNAライブラリーからシグナルシークエンストラップ法により分泌タンパク質遺伝子を網羅的に取得し、次に同定された新規分泌タンパク質SDNSFの神経幹細胞に対する効果や機能解析を行った。本研究成果は、Journal of Biological Chemistry誌に報告した。平成13年度には、ラット海馬由来の成体神経幹細胞からcDNAライブラリーを構築し、シグナルシークエンストラップ法によりcDNA候補クローンを網羅的に取得した。その内の一つに、145アミノ酸から成る分子量約19KDaの分泌タンパク質をコードする遺伝子を単離することに成功した。この新規分泌タンパク質は、後述する性質から「幹細胞由来神経幹細胞生存支持因子,SDNSF」と命名された。in situハイブリダイゼーション法によりラット脳内における局在を検討した結果、SDNSFは神経発生が生涯継続的に起こっている海馬のCA3、dentate gyrus領域に強く発現していることが明らかになった。加えて、実験的に脳を虚血状態にしたラットでは、SDNSFのmRNAの発現が有意に上昇してくることが明らかとなり、SDNSFが神経幹細胞の生存や増殖に何らかの影響を有することが示唆された。平成14年度には、動物細胞で発現させたSDNSF組換えタンパク質を精製し、神経幹細胞の培養上清中に添加することによって、神経幹細胞に対する効果を検討した。BrdUの取り込みの測定結果から、SDNSFはFGF-2やEGFなどの既存の神経幹細胞増殖因子が示す細胞分裂や分化誘導を促進する活性を持たないことが示された。一方、WST-1アッセイによる検討の結果から、SDNSFはFGF-2非存在下でも神経幹細胞の活きの良さ(viability)を向上させた。さらに、SDNSF存在下で6日間生存し続けた神経幹細胞に対して分化を誘導したところ、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへと分化したことから、神経幹細胞が本来有する多分化能を維持していることが分かった。本研究では、SDNSFが幹細胞由来神経幹細胞生存支持因子としてクローニングされ、従来の神経幹細胞増殖因子とはまったく異なる新規な生理活性を有することが明らかになった。今後は、in vitroにおけるSDNSF受容体を含むSDNSFと相互作用する分子(群)の同定やSDNSF遺伝子欠損マウスを用いたin vivoでの機能解析を通じて、幹細胞が未分化のまま長期間に渡り生存し続けるメカニズムの謎に迫っていきたいと考えている。
|