研究概要 |
形態形成のマスター遺伝子のひとつであるHO×D3をヒト肺癌細胞A549に過剰発現させると,インテグリンα4,β3の発現亢進,E-カドヘリンの発現消失とN-カドヘリンの新たな出現ならびに細胞外基質分解酵素であるuPAとMMP-2の発現亢進などが認められる.これらの遺伝子発現変化は,癌細胞の転移・浸潤に有利に働くので,我々はHOXD3を転移・浸潤のマスター遣伝子とみなし,HOXD3を中心とした転移関連遺伝子ネットワークを想定した.本年度の研究では,HOXD3を中心とした転移関連遺伝子ネットワークにおけるtransforming growth factor-β (TGF-β)の役割について調べた.その結果以下のことが明らかとなった. 1.A549細胞は元来潜在型のTGF-βを産生・分泌しているが,HOXD3を過剰発現させると潜在型TGF-βを活性型に変換するようになる. 2.この活性型TGF-βへの変換は,何らかの酵素によるlatency-associated protein (LAP)の切断によることがわかった. 3.TGF-β中和抗体を使った実験から,HOXD3過剰発現の結果TGF-β-TGF-β受容体を介したオートクリン様式による細胞内へのシグナル伝達経路が活性化することが明らかとなった. 4.TGF-βを介したシグナルによって,A549細胞はI型コラーゲンへの細胞運動性およびI型コラーゲンゲルへの浸潤性が増強する.しかし,TGF-βを介したシグナルは,ビトロネクチンやフィブロネクチンに対する運動性やマトリゲルへの浸潤性には影響を与えない. 5.TGF-βを介したシグナルは,トロンボスポンジン-1,シンデカン1,プラスミノーゲン・アクチベーター・インヒビターの発現をHOXD3を過剰発現した場合と同様に亢進させた. 以上,HOXD3を中心とした転移関連遺伝子ネットワークにおいて,TGF-βを介するシグナル伝達経路の活性化は,細胞運動・浸潤性の増強ならびに一部の転移関連遺伝子の発現調節に重要な役割を果たしていることが示唆された.
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